Let go (流行りのLet it goにあらず)


昨日はSimon Phillipsさん取材@BlueNote。
最近BlueNoteの週末の開演時間が5時になったとのことで
取材も早めのスタートでした。
会場前で馴染みのライター君と待ち合わせたのですが
整理券(?)待ちのファンの方々が既に列を作って並んでました。

Simonさん、打てば響くタイプのと〜っても話し易い人。
その上、俯瞰で物事を見られる方のようで
理路整然とした話し方は心地良ささえ感じさせるほど。
最初に「ずっと英語で答えていいの? 途中で切ろうか?」と
通訳を介しての取材を踏まえてのやり方を訊いてくれました。

ライター君が「ずっと英語で大丈夫ですよ」と答えたものだから
次から次へと面白い話が続いて、私は楽しかったのですが
ライター君は次の質問を考えた瞬間に迷子になったらしいです(笑)。
そのせいか、このライター君には珍しい「次の質問が決まらない」という
現象が途中で起こっちゃいました。。。

これねー、時々起こるんですよ。
答えの後半に出てきたキーワードを拾って次に繋げるのがベストですが
そろそろ答えが終わりそうってときに次の質問を考え始めると
答えに向かっていた神経が質問に向かってしまい、答えが聞こえなくなる。
同じ言語で会話していると誤摩化せるのですが
質問日本語、答え英語ゆえ、ライター君は焦ってしまったわけです。

カバーするにも彼の質問の流れは彼の頭の中にしかないので
有らぬ方向に話が進むとマズいので、昨日は質問が決まるまで放置(笑)。
それでもSimonさんはじっと待ってくれましたよ。いい人だ!!

「その人の話し方でどんなプレイをするか大凡の見当がつく」と
Simonさんが言ったときに「あっ、やっぱりそうなんだ」と嬉しくなりました。
ホント、話し方ってプレイの仕方をある程度反映するんですよ。
声のトーン、雰囲気、テンポ、間の入れ方、話す内容……
取材後にライブを見せてもらうと「納得!」ということが多々あります。

また自作の曲に関しては「let go」が大事とも言っておりました。
つまり「ここまでは自分が作ったけど、ここから先は曲が決める」ということ。
ミュージシャンがよく言う「play whatever the song requires」です。
「自分はこうしたい」に固執するとつまらないものになる、と。

これ、人生訓としてもアリかも。
何かをしようとするとき、ある程度の所までは自分の意思が働くけど
その後の展開は、自分の意思よりも周りの環境や関わる人々との関係の中で
「やろうとした何か」が必要な事柄を教えてくれる…と思うんです。
思わぬ展開やナイスな驚きなどで面白い結果になること多し!

「こうなるはずだ」とか「こうならないとダメだ」とか
突き詰めれば自己顕示欲であって、偏狭で底の浅い感覚だと思います。
「おや、そっちに進みたいのね」と受け入れれば
その方向で「じゃあ、この先どうするか」を考えれば良いだけ。
それでも自分らしさは失われないわけですよ。
だって土台部分は自分が作っているわけですから。
目の前にある選択肢が「それ」だと感じ取るのも自分ですから。

通訳していても、インタビュワーが言わんとしていることを
どんな言葉で表すかは私の頭の中の想像力が決めることゆえ
字面通りの訳よりも、意図が伝わる訳になることが多いのです。
瞬時に「これ!」と選んだモチーフで伝えようとするわけです。
いやー、もっと想像力のネタを仕入れないと!

因みにSimonさん、こんなスゴいプレイしてます!



16分の27って何?(笑)



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